音楽を愛する皆様へ コンサートの広場・本八幡-沙羅へようこそ

 久しぶりに中央道を走り茅野インターを経て白樺湖への道を走った。

 コロナウイルスの拡大を受けて沙羅は長期休業をすることになり、ひねもす夫と居間のテーブルを挟んで向かい合って暮らす初めての生活。

すぐに飽きて次男に電話をかけると、子どもの学校が休校なので、家族で山の小屋でスキーをしているとのこと。

標高1400メートルの山の中。

 「コロナウイルスの心配がなくて良いよ!」の言葉に、直ちに支度をして出発!!

「沙羅を7月末で閉店します」

お客様にお知らせをしてきたけれど、良かったのかなぁ?

我が家は二人暮らし、共に後期高齢者である。

夫は年齢の割には元気で、週に3日ほどはテニスに出かける。ピアノのレッスンも、これは当初本人が豪語したリサイタル開催は後30年ほどは練習を重ねないと無理と思われる。

そして外人さんと会話をする会などに出かけることなど趣味は多いが、基本的には二人暮らしの生活である。

さて、私の今の課題は沙羅を自主退職した後何をするのか?である。

 次男たちは家を新築した。家の中のどこにいても外部と同じ明るさの家。こだわって施工者泣かせの行程であったが、プライベートルーム以外は間仕切りなしで、1階の玄関から3階まで吹き抜けている。1台のエアコンの風がサーキュレーターで全室を賄っていて経済的でもある住まい。

「お義母さん、一緒に暮らしませんか?」とお嫁さん。

私は気を良くして「A子ちゃん(嫁)が焼いたパンをセットにして《手作りパンとコーヒーの店》の喫茶店をやろうかな」と思い付きを言う。

「おい!いい加減にしろ!!」は夫の叫び。

「駅前に空き店舗有りかも」という息子

沙羅1号店は8坪のスペースだった。その中にトイレと2階への階段とがあり12~13席で満席のスペース。

シャンソン歌手、井関真人氏の母君が経営していたスナックをお洒落にリホームして始めた。小さな小さなシャンソニエだった。

その頃の私は建築意匠を本業としていた。沙羅は優秀な人材に恵まれて、いつも賑やかだった。30年前、バブルの終焉のころで、シャンソンのライブはいつも満席(12席)。一番若手は20才代半ばの夏木妙子さん、南条桂さんはオートバイで来ていた。みんな若かった!! お客様も、ミュージシャンも、私も。

「君は何を思っているの??」と自身に問いかける。もう一度夢を見ようと思っているわけではない。と言い訳をするもう一人の私。

私にしては珍しく、思い出にふけっていると、窓の外は霧のような雪、薄い日差しの中に舞う雪、深々と冷えて、車の屋根を、落葉松の木々を白く染めている。

沙羅の閉店と共に、改めてシャンソンや朗読との関りを考えてみたいと思っています。

コロナウイルスの収束が早く来ますように、7月までは素敵なライブをたくさん企画したいと思っています。ご一緒頂けることを楽しみにしています。

永い間のご愛顧を心から、心から感謝申し上げます。

2020年3月24日

沙羅店主 内山

沙羅・今後のコンサート

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